美術の森tarutaru953の声

日々是好日、何もない日などない!嬉しい事も悲しいことも・・・

矢崎雄嗣先生個展

30年以上時を隔てた再会だった。
「先生、お元気そうですね」
かつては黒髪だった高校時代の恩師も今は白髪になっていた。79歳である。
しかし、爺さんという印象はない。髪の色が変わったぐらいでそのまんまだった。若い。

「君も何か運動するといいよ」
「はい。そうですね」

去年は卓球の全国大会に出場したらしい。
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「加山又造は天才だね。」
先生が二十歳前後に描かれた絵、学生時代に見せてもらった衝撃的なひまわりの絵である。
この絵にも再会できたわけだ。しかし、以前とは異なる新鮮な感覚で鑑賞している自分がいる。
「絵が僕の成長を待っていてくれたんですね?」
「それが絵を読むということだねえ」
照れくさそうに空を見つめる。

「僕の絵は不思議にも駄作(描き損じ)というのがないんだよな」
奢りではなく長い画業生活をひたすら謙虚に自分と向かい合ってきた自信を示している。
実際、手を抜いた絵は一枚もない。誠実さや頑固さはややもすると野暮な印象もともなうが独創性の根源はこれである。
表面的な美しさや技巧に走ることを極端に嫌い「内面性」の追究にかける姿勢は具象であれ
抽象であれ今も昔も変わらない。1枚1枚の絵のタブローの強さが変わらないことは驚異的なことだと思う。

「今も昔も変わらない」こと。これこそがオリジナリティーであり新しさであるのだ。
芸術的価値とはこれを置いて他にはない。
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「縄文土器にある文様だけど縄文人にしかわからないんだろうね」
赤色がいい。普通では絵にならないようなところをやってしまう大胆さ、天才と言わしめるところ。
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凄い迫力だ。狂気じみている。人間は歳をとると体力気力、低下の一途をたどるものというマイナスイメージをいだきがちだが間違いだ。少なくとも内面は充実するものらしい。
負けていられませんね~!

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今回の個展は地方の美術館で開催されたが次回は中央で発表していただきたいと思う。
NHK様、新日曜美術館で取り上げてくださいね。
東京美術学校(現東京藝術大学)日本画科、山本丘人に師事。
平山郁夫、小泉淳作、加山又造らと学ぶ

追記/ 作品の撮影は作家に許可を得て行っています。また撮影環境がよくないのと撮影技術の未熟さを考慮に入れてご鑑賞ください。
なお作品は一部トリミングをしたもの構図などにおいて実物とは若干異なります。

またコメント投稿を頂いた 丸山様によりますと初個展ではないようです。以前の記事で「初」と記載したことを訂正いたします。
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Commented by うお at 2008-09-16 17:21 x
若い頃描かれたひまわり、よく見たらカメラを構えたTaruさんと先生かな?絵の中にいて、まるで何十年も二人でこの絵を見つめてきたようですね。

絵はどんどん変わっています。が、その中にこめられた熱意は日本画の顔料という特別な絵の具を使いこなしたとか、抽象とか具象とか言う前に見ている私に飛び込んできます。よいものを見せていただきました。

撮影に苦労されたようですが、どれも伝わってきます。日曜美術館で放映されるとき、教えてね。私の母に見せたいので。
Commented by tomato at 2008-09-16 21:15 x
絵がその人の成長を待つ・・・・
今も昔も変わらないことが、新しさである・・・・
う~ん、何となくわかるような気がします。
作品として残せることが羨ましい・・・・

一枚目のひまわり、不思議な絵です。
歴史の教科書に出てくる日本の絵巻物の構図に何だか似ている。
かつて、ひまわりをこのように表現された方、おられないでしょうね・・・・

最後から5~6枚目の樹の絵、いいですね・・・・
Commented by うお at 2008-09-16 21:22 x
先ほどの私の書き込みに一言抜けていました。
撮影に苦労されたようですが、どれも伝わってきます。は
絵のよいところが伝わってきますの意味です。ごめんなさい
Commented by えいねん at 2008-09-16 21:46 x
tarutaruさま
はじめまして。かつ前の投稿書きかけで送信ボタン押してしまい
ました。ごめんなさいm(..)m といいつつ賢しらな感想なんですが…。
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9/15で茅野美術館の個展終わってしまったのですね。

凄まじい力強さ。
縄文土器の巨大さ、底力は、作り手の尋常ならざる生命の燃焼で、
見るものを圧倒します。「強靭」さ「狂ひ」を画面を通して実感
します。言葉は無用、と思いました。

諏訪は美術の伝統のある土地ですね。私の尊敬する清水多嘉示
先生は諏訪中学出身。ブルーデルの弟子にあたる。つまりは
ロダンの直系の孫弟子。先生作の諏訪大社の狛犬の姿は、それを
知る者にとっては震えがきます。

西洋の伝統的な彫刻・絵画を拝見すると、神を賛美する資質のある
人間が、物凄い収束力に突き動かされて作品を生み出している。
諏訪も神に近い土地のためでしょうか。似たような場の力を感じます。

矢崎雄嗣先生中央の画壇に出陣なさる時には、ご紹介下さい。
馳せ参じます。。。
Commented by naoko at 2008-09-16 23:11 x
凄いものを見せていただきました。
一枚一枚に注ぎ込まれたエネルギーがひしひしと・・・
作品からほとばしるというのでしょうか、
その強さに、圧倒されています。
しかし、これほどにエネルギーを注ぎ込んでいたら、クタクタになってしまいそうなものなのに・・・
今も変わらない、衰えを知らない・・・
79歳の矢崎先生って凄い方ですね。
何だか、「凄い」しか言葉が出てきません。。

Commented by kiko at 2008-09-17 00:31 x
表面的な美しさや技巧に走ることを極端に嫌い......というのがカッコよいですね。
わかる人だけにわかる個性的な作品のようです。

Commented by tarutaru at 2008-09-17 16:28 x
うおちゃん、
>若い頃描かれたひまわり、よく見たらカメラを構えたTaruさんと先生かな?

ガラスはよく写ります。難しいですね。

>絵はどんどん変わっています。が、その中にこめられた熱意は見ている私に飛び込んできます。よいものを見せていただきました。

スタイルが変わったというよりもこだわらずに描いた結果なのでしょう。熱意、執念でしょうか。和紙の上に油絵の具だったり、日本画の岩絵の具も瓶の中で膠といっしょに混ぜてしまったり独自の手法で自由奔放です。

>日曜美術館で放映されるとき、教えてね。私の母に見せたいので。

わかりました。連絡します。その前に卓球のライブ中継があるかもしれません。笑  撮影はさっと撮ったもので苦労などといえるものではありません。恥ずかしい限りです。
Commented by tarutaru at 2008-09-17 16:43 x
tomatoさん、
>絵がその人の成長を待つ・・・
 作品として残せることが羨ましい・・・・

モノには作る側のいろいろな思いが込められています。それが見る側にどのように伝わるか。意識無意識に関わらず感性、表現となって主張し続けるのです。作品として残ることが怖い場合もありますね。いい作品は飽きが来ない。秋なのに。すみません。くだらなくて

>ひまわり、不思議な絵です。
 最後から5~6枚目の樹の絵、いいですね・・・・

言えばゴッホの影響が見られますね。しかし自分のものにしています。
迫力がありますからね。
いつか本物の絵を見て頂く機会ができるといいです。
Commented by tarutaru at 2008-09-17 17:14 x
えいねんさん、
はじめまして。といってもtomatoさんの(・・・後輩にあたるのでしょうか?アイスホッケー部?)
ところやnaokoさんのところでごいっしょさせていただいておりますね。
今後ともよろしくお願いいたします。

ブルーデルは好きな彫刻家ですが諏訪大社の狛犬が清水多嘉示の作とは知りませんでした。立派な狛犬です。信州諏訪地方は美術館も多く
愛好家も多いようです。

しかし、なぜえいねんさんが清水多嘉示なのかいつかお聞きしたいところですね。先ほどブログを訪問させていただきましたが「若者と教会」のパンフが載っていました。おそらくえいねんさんは若者だ?ろうと想像しています。映画評論家もなさっている?頭の中にいろいろ詰まった方なのでしょう。恵まれない私どもにどうかほどこしあれ。赤裸々な食生活には迫力を感じました。

>西洋の伝統的な彫刻・絵画を拝見すると、神を賛美する資質のある
人間が、物凄い収束力に突き動かされて作品を生み出している。
諏訪も神に近い土地のためでしょうか。

どうなんでしょうか。収束力は信仰心とギャラでしょうか?生活かかってたりして。笑 神が住むところかもしれませんね。
Commented by tarutaru at 2008-09-17 17:27 x
naoko さん、
>凄いものを見せていただきました。

さすがのnaokoさんですが「凄い」の連発ですね。
79歳のお歳には見えません。パワーがみなぎっていました。
でも会場は「疲れるよ」ってこぼしていましたね。いろんな人があとからあとからやってくるんですからね。あはは

>これほどにエネルギーを注ぎ込んでいたら、クタクタになってしまいそうなものなのに・・・

1日や2日で仕上げちゃうわけじゃないですからね。でも人のエネルギーは多少の意識で変わったり多い少ないあるにしても使い方なんでしょうね。我々はその尊いエネルギーをどこかで無駄使いしているのかも知れませんよ。あはは。

人それぞれでいいのだと思います。
Commented by tarutaru at 2008-09-17 17:35 x
kikoさん、
>表面的な美しさや技巧に走ることを極端に嫌い......というのがカッコよいですね。

カッコイイと思ってくれますか?あはは

>わかる人だけにわかる個性的な作品のようです。

そうでしょうね。絵を見るときに絵はこういうものという先入観を捨てられればいいのですがこれが難しいんですね。きれいな絵は退屈しますね。毎日眺めても飽きない味のある顔がいいのかも・・・いえ絵の話です。
Commented by うしろの正面 at 2008-09-18 12:58 x
とてもたくさんのスタイルをお持ちですが、「目」がひとつ、ばっちり開いているのだろうなあと思いました。
今まで、技法や表現の仕方をひとつのスタイルにしていくのが画家なのかと思っていましたので、驚きました。
そしてまた、描き損じがないという、真摯な創作活動に裏打ちされた一言にも愕然とさせられました。
私の中の画家という観念を書き換えなければなりません。
どうか、矢崎先生にさらなるご長命をと願わずにいられません。
でも・・・、ご本人は日々、充実してお過ごしなのでしょうね。
全く、見習って生きたいものです。



Commented by tarutaru at 2008-09-18 22:01 x
うしろの正面さん、
>私の中の画家という観念を書き換えなければなりません。

「今まで、技法や表現の仕方をひとつのスタイルにしていくのが画家なのかと思っていました」
それはおっしゃるとおりで間違ってはいないと思います。その点では陶芸も同じです。先生は長年教育畑におられましたから絵画制作イコールパンではなかった。それは誰にも遠慮することなく自分に正直に探究する環境にもなっていたのだと思います。
スタイルは作家にとって手段であって目的ではないと思います。今はあまりにもスタイルにこだわる作家が多すぎますね。個性と勘違いしているんだと思います。

>どうか、矢崎先生にさらなるご長命をと願わずにいられません。

温かいお言葉ありがとうございます。命というものはいとも簡単に消えてしまう儚いもののように見えたり魂が死んでもなお生き続ける生命感に
心動かされたりいろいろですね。余命の本の話、6か月過ぎて生きていたら一日一日が生き儲けで身も心も軽くなりそうですね。逆転の発想かもしれません。

by tarutaru953 | 2008-09-16 12:19 | Comments(13)
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